
バタフライモードはなぜオンラインなのか
バタフライモードは、いまはまだ「社交のいも虫」な人たちのためのものだからです。そして、いずれ「社交の蝶」になっていく人たちのため。バタフライモードを使うことで、ガイドモードで飛び立つ準備をしてもらう。でも本当に、この言葉遊びが面白いのか、それともダサいのか——どっちを取ってもらってもいいんですが、実際そういうことなんです。そしてこれは、東アジアで過ごして、その土地の文化に自分を合わせていった時間から、そのまま出てきたものです。前のブログ、というか、いまとなっては最初のブログですね、前の二本のブログの、その一本目、「最初の一通」の回で書いたとおり、僕は下調べをしていませんでした。最初のステップも、それ以外のどのステップも踏んでいなかった。つまり、その国のことも、習慣のことも、何ひとつ調べていなかったんです。プロフィールの情報と写真は、ちゃんと読みました。そこから推測して、汲み取って——たぶん相手のほうも、信頼している相手から出てきた案なら、いい提案だと思ってくれたはずの内容ではあったと思います。ただ、あちらではその仕組みが違う。まあ、どこだって違いますけどね。だから、そこに自分を合わせるためにやったのが、コピペのLAのメッセージ、さっき言った「LAのフォーマット」のメッセージをただ送るのをやめること。僕は、一回、手を止めたんです。
そこから見直しをしました。ほら、データサイエンティストなので。届いていたフィードバックをちゃんとレビューして、それを自分に当てはめました。自分を責めるという意味じゃなくて、あくまで妥当な批評として、です。「いや、悪いのは向こうで、自分じゃない」みたいな態度ではなく。違います、僕でした。100%、僕の落ち度です。そのプロセスを通して——何百回も、何日も、何ヶ月も、何年も繰り返して——そこに寄り添えるようにバタフライモードを育てていきました。欧米、とくにカリフォルニア、ロサンゼルスやサンフランシスコ、そこから広げてニューヨークとか、まあその辺の人たちは、行動が好きなんです。オンラインで話したいわけじゃない。会って、座って、相性があるかないかを確かめて、さっさと片をつけたい。時間を無駄にしたくない。日本ではそうじゃない。そして、どちらが良いとか悪いとか、正しいとか間違っているとかではありません。ただ違うだけです。育ってきたものが違うから。人が違う、文化が違う、習慣が違う。だから、自分たちのユーザーを測るのと同じ物差しで向こうの人を測っていたら、よその土地の誰かと前に進むことも、繋がることも、はなから無理なんです。だから僕は、その逆をやりました。
フィードバックを受け取って、しかも自分から取りにいって、そうしてバタフライモードを作りました。オンラインに軸足があって、本名も自分の写真も使わない。つまり擬似匿名です。そう、身元が守られる。アメリカだと、画面の後ろにいるほうが人は気楽になれる。まあ、そう言うと、荒らしとか、キーボード戦士とか、そういう話が出てくると思います。はい、それはまったくそのとおりで、しかもそれが強まるのは、自分と、自分が触っているデバイスとのあいだに文字どおりの隙間があって、その先に送られるメッセージがあって、で、たいていの場合それに責任を問われないからです。だから確かに、人は大胆に、失礼になれてしまう。ただ、YoYoには包括的なコンテンツフィルターがあって、そこまで失礼にはなれないようになっています。「腹が立っている」と言うことは検閲しません。でも「ピー」と言うことは検閲します。ご自分の好きな放送禁止用語を、そこに当てはめてください。映画のレーティングでいうPG-13を超えるようなやつを、という意味です。……はい、ここもちょっとした軽口です。でも真面目な話、思っていることは言っていい。ただし、思っていることを言うのに使える言葉の範囲内で、ということです。ここは気持ちのいい場所であってほしいので。そして、僕が受け取ったような、本物のフィードバックや批評があって、それをちゃんと見直して、行動に移す——それが成長というものだし、素晴らしいことです。でも、ふらっと入ってきて荒らして、人を煽って、そういうものを助長したくはない。例を挙げるのはこの辺でやめておきますけど、僕らはTwitterではないし、Blue Skyでもありません。
僕らがやろうとしているのは、あなたを誰かとマッチングさせること。人と繋げること。文字どおり、外に出て人に会ってもらうために。で、その信頼を築く方法、その自信を築く方法は、「お前くさい」とか、「お前の考えはくだらないと思う」とか、それよりひどい言葉を使うことではないですよね。だから、まあ、僕らは蝶なんですよ、ほんと。ハッピーな気持ちで。ポジティブな可能性、あのPMA、前向きな心の状態、それを毎日の指針にする。ありがたいことです。100%。ほんと、ありがたい。はい、では次に行きましょう。というわけで、バタフライモードには、そういうものが一切入りません。本名も入らない、実物の写真も入らない。何をするかというと、というか、あなたが何をするかというと、テキストで他のユーザーと繋がれるようになっています。そもそも、マッチの仕方からして同じではありません。ふわふわ漂っている人たちが見えて、それがシャッフルされる。そこはいろんな要素で決まっていて、あなたに関係のある人が出てくるし、常に更新されているので、古びない。それから、ボードの上でコミュニティに、受け身でも、能動的でも関われます。抵抗がなければ、チャットルームに飛び込んでもいい。それが気詰まりなら、個別にメッセージを送ることもできます。そしてここでも、みんなの、なんていうか、自律性とプライバシーを守るために——一人に対して送れるメッセージは、一通です。返事が来なかったら、それがあなたの一通でした、ということになります。
だから、ちゃんと書いて、その一通に懸けてください。でも返事が返ってきたら、そこから先は連絡の窓口が開いたままになります。アプリ側で用意している安全対策や予防措置——通報のしくみ、ユーザーの安全と居心地のための機能、それからコミュニティガイドラインの徹底ですね、登録のときに皆さんが同意しているやつです——そういうもので強制的に閉じられるまでは、ずっと開いています。そう、皆さん、幸せな蝶でいること、礼儀正しく、優しく、励まし合うこと、そういう良いこと全部に同意しているわけです。いや、文字どおりそう書いてあるわけではないですけど、まあ、目指しているのはそこで、いも虫を蝶にすること。そして、本当に「社交の蝶」らしくなってきたと感じたら——言い回しを借りるなら、ですけど——そのときはガイドモードに行けばいい。あちらは、実際に会うまでの一連の流れをまるごとスムーズにします。だから、すでに人と会うことに抵抗がない人にとっては、InstagramでもYouTubeでも、TwitterでもXでも、いまは何と呼んでもいいですけど、そういうものとは違う、新しいソーシャルメディアの居場所になる。違う種類のコンテンツが見られるし、世界中のいろんな人に会える。小さな輪なのに、同時に大きな輪でもある。単に、機会がひとつ増えるだけです。何かを取り上げるものではない、というのが言いたいことです。で、ガイドモードのほうは、現実世界でのやりとりを滑らかにして、早めて、無駄をなくして、手助けすることに特化しています。それはもう、ここの人たちがすでに求めているものですよね。いいことです。
それはもう、あなたのためにそこにあります。使ってもらっていい。バタフライモードのほうも使ってみたければ、それも大歓迎です。使わないなら、それでもぜんぜんかまいません。二つは完全に独立しています。そう、そのうえで、完璧に補い合っている。蝶の羽と同じです。左右の羽って、実はそれぞれ違うのに、パズルのピースみたいにぴったり合って見える。蝶にまつわる、楽しくて、しかもいま話していることにそのまま当てはまる喩えですね。で、逆方向にも同じことが言えます。他にいい言い方がないので言いますけど、ちょっと内気だとか、慎重だとか、まあ呼び方は何でもいいんですが——信頼を確かめるまでの時間の長さが人それぞれ違う、そういうユーザーは、バタフライモードを使えばいい。そして準備ができたら、ガイドモードを使えばいい。繰り返しますが、それで何かが取り上げられるわけではありません。ガイドモードはそこにあります。選択肢が増えるだけ。可能性が増えるだけで、減ることはないし、どちらかがどちらかの邪魔をすることもない。二つは完璧に息を合わせて働くし、同時に、それぞれ独立して働きます。というわけで、バタフライモードとは何なのか、なぜ存在しているのか、どんな可能性があって、どう使えるのか——ごくざっくりとした説明でした。これで、僕が言いたかったことはだいたい全部答えられたんじゃないかと思います。では、このへんで。
運命の相手を、見つけに行こう
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